December 01, 2006
自分を律する 村本邦子
とうとう今年も12月だ。
早く過ぎた一年だったけど、
自分にとっては
充実していたよ。
その一つとして
村本邦子さんに会えたことを
挙げたいね。
12月、最初の記事は
臨床心理士の村本さんだ。
楽しみにしていた人!!
2カ所クリックしてから
続きを読んでくれるとうれしい。
ありがとうね。
人気ブログランキング メンタルヘルス1位
日本ブログ村 メンタルヘルス 1位

自分を律する 村本邦子
今日のタイトルは、
このブログに似合わず、
ちょっとストイックに聞こえるかも?
世の中には不要な我慢、
自分をダメにする有害な我慢にあふれているから、
「我慢はやめよう!」と言ってきたけど、
今日は、自分を育てる我慢の話をしたいと思う。
「本心から出た我慢」の話だ。
前回の「体の声に耳を傾ける」は、
原始的な快を求めることが、
生の歓び、
自己肯定、
希望、
生きる力につながるということだった。
心理学用語で、
これを基本的信頼と呼ぶ。
生まれてきたばかりの赤ちゃんが
最初に成し遂げなければいけない発達課題は、
この基本的信頼の獲得だ。
その次の発達課題が自律、
つまり自分で自分を律する力の獲得だ。
自分は素晴らしい存在だし、
自分の欲求は大切に扱われるべきなんだ
ということを体感として学んだ子どもは、
だんだんと、
世の中には他者という存在があり、
その他者もまた、
自分と同じように素晴らしい存在で、
その欲求を
大切に扱われるべきなんだ
ということに気づき始める。
自分とは別個の存在があり、
別個の欲求を持っているということは、
どこかで、
相反する欲求がぶつかり合うということ。
その時に
どうやって折り合いをつけていくのか、
時には自分が譲り、
我慢しなければならないということが、
自律ということだ。
これは、
そうしなければ誰かから怒られる、
殴られる、
見捨てられる、
とにかく怖いことが起こるから
自分を抑えておこうというのとは
違っている。
それは、自律ではなく、他律という。
自律をもっとも象徴しているのが
トイレット・トレーニング。
それまで排泄を他者に依存していた赤ちゃんが、
自分の意志で、
時と場所を選んで排泄するようになる。
怒られるから、
叩かれるから
排泄の自律を成し遂げた子にとって、
排泄の自律は敗北と屈辱だろう。
「自分できるようになりたいな」
と思いながら、
失敗を繰り返しながら
できるようになった子にとって、
排泄の自律は
成功と誇らしさに満ちあふれている。
お砂場での一場面。
小さな子と大きな子が
たまたま一緒になって遊んでいた。
小さい子が
大きい子のおもちゃを
勝手に使って遊び始めた。
大きな子の方が、
「それ、ボクの!」と取り返すと、
小さな子は泣き出した。
近くにいた大きな子のお母さんが、
「小さい子には優しくしなさい!」
ポカッと頭を殴って、
おもちゃを取り上げ、
小さな子に貸してあげた。
ずっと見ていると、
お母さんがよそ見している間に、
大きい子は、
小さい子の顔に向かって砂を投げつけた。
気持はよくわかる。
自分のおもちゃを
勝手に使われたから
取り返しただけなのに、
どうしてボクが殴られて、
おもちゃを
取り上げられなきゃいけないんだろう。
理不尽だ。
別なお砂場で。
場面は前とほとんど一緒だった。
違ったのは、
小さな子が泣いた時、
大きな子のお母さんは近くにおらず、
遠くでおしゃべりに夢中になっていて、
その場面に気がついていなかったこと。
おもちゃを取り上げられた小さい子は
泣き続けた。
私は、近くのベンチで、
興味津々に子どもウォッチングしていた。
しばらく、大きい子は、
小さい子を無視して遊び続けた。
でも、だんだん、
泣き続ける小さい子が気になってきたらしい。
チラチラと横目で見ている。
そして、最後には、何か考えたらしく、
自分からおもちゃを貸してやった。
小さい子は泣きやみ、
嬉しそうに遊び始めた。
大きい子の顔は誇らしさと満足に満ちていた。
きっと、
小さい子が喜んで良かったな、
優しくしてあげられた自分はエライ!
と思ったんだろう。
基本的信頼に根ざしていない我慢は、
自律ではなく他律で、
自己否定につながる。
これは、自分は大切な存在ではなく、
自分の欲求なんて無視するに限るから、
自分を抑えてしまうということ。
基本的信頼感に根ざした自律は、
自分は大切な存在だけど、
それと同じように他者も大切だから、
この場面では、
自分が譲ろうかな、
欲求を抑えることは葛藤を呼び起こすけれど、
それは一時的には不快かもしれないけれど、
結果的に、自分を肯定し、
自分を誇らしく感じ、
自分の成長につながる快なのだ。
自分が譲ろうとする時、
自動的に譲るのでなく、
ちょっと立ち止まって、
考えてみる癖をつけよう。
これは、最終的には自分を大切にし、
成長するための我慢だろうか?
その場しのぎで、
心の奥に、
怒りや悲しみ、
嫉妬や恨みを溜め込んでいく
我慢ではないだろうか?
後者は自分を蝕み、
自分をますますダメにしていく。
やめた方が良い。
それより先に、
基本的信頼の獲得(=自分の欲求を優先すること)に励もう!
自律は次の課題。
それができたら、
ちゃんと他者のことも大切にできるようになるから、
心配しないで、
自分を大切にしてね。
今日のタイトルは、
このブログに似合わず、
ちょっとストイックに聞こえるかも?
世の中には不要な我慢、
自分をダメにする有害な我慢にあふれているから、
「我慢はやめよう!」と言ってきたけど、
今日は、自分を育てる我慢の話をしたいと思う。
「本心から出た我慢」の話だ。
前回の「体の声に耳を傾ける」は、
原始的な快を求めることが、
生の歓び、
自己肯定、
希望、
生きる力につながるということだった。
心理学用語で、
これを基本的信頼と呼ぶ。
生まれてきたばかりの赤ちゃんが
最初に成し遂げなければいけない発達課題は、
この基本的信頼の獲得だ。
その次の発達課題が自律、
つまり自分で自分を律する力の獲得だ。
自分は素晴らしい存在だし、
自分の欲求は大切に扱われるべきなんだ
ということを体感として学んだ子どもは、
だんだんと、
世の中には他者という存在があり、
その他者もまた、
自分と同じように素晴らしい存在で、
その欲求を
大切に扱われるべきなんだ
ということに気づき始める。
自分とは別個の存在があり、
別個の欲求を持っているということは、
どこかで、
相反する欲求がぶつかり合うということ。
その時に
どうやって折り合いをつけていくのか、
時には自分が譲り、
我慢しなければならないということが、
自律ということだ。
これは、
そうしなければ誰かから怒られる、
殴られる、
見捨てられる、
とにかく怖いことが起こるから
自分を抑えておこうというのとは
違っている。
それは、自律ではなく、他律という。
自律をもっとも象徴しているのが
トイレット・トレーニング。
それまで排泄を他者に依存していた赤ちゃんが、
自分の意志で、
時と場所を選んで排泄するようになる。
怒られるから、
叩かれるから
排泄の自律を成し遂げた子にとって、
排泄の自律は敗北と屈辱だろう。
「自分できるようになりたいな」
と思いながら、
失敗を繰り返しながら
できるようになった子にとって、
排泄の自律は
成功と誇らしさに満ちあふれている。
お砂場での一場面。
小さな子と大きな子が
たまたま一緒になって遊んでいた。
小さい子が
大きい子のおもちゃを
勝手に使って遊び始めた。
大きな子の方が、
「それ、ボクの!」と取り返すと、
小さな子は泣き出した。
近くにいた大きな子のお母さんが、
「小さい子には優しくしなさい!」
ポカッと頭を殴って、
おもちゃを取り上げ、
小さな子に貸してあげた。
ずっと見ていると、
お母さんがよそ見している間に、
大きい子は、
小さい子の顔に向かって砂を投げつけた。
気持はよくわかる。
自分のおもちゃを
勝手に使われたから
取り返しただけなのに、
どうしてボクが殴られて、
おもちゃを
取り上げられなきゃいけないんだろう。
理不尽だ。
別なお砂場で。
場面は前とほとんど一緒だった。
違ったのは、
小さな子が泣いた時、
大きな子のお母さんは近くにおらず、
遠くでおしゃべりに夢中になっていて、
その場面に気がついていなかったこと。
おもちゃを取り上げられた小さい子は
泣き続けた。
私は、近くのベンチで、
興味津々に子どもウォッチングしていた。
しばらく、大きい子は、
小さい子を無視して遊び続けた。
でも、だんだん、
泣き続ける小さい子が気になってきたらしい。
チラチラと横目で見ている。
そして、最後には、何か考えたらしく、
自分からおもちゃを貸してやった。
小さい子は泣きやみ、
嬉しそうに遊び始めた。
大きい子の顔は誇らしさと満足に満ちていた。
きっと、
小さい子が喜んで良かったな、
優しくしてあげられた自分はエライ!
と思ったんだろう。
基本的信頼に根ざしていない我慢は、
自律ではなく他律で、
自己否定につながる。
これは、自分は大切な存在ではなく、
自分の欲求なんて無視するに限るから、
自分を抑えてしまうということ。
基本的信頼感に根ざした自律は、
自分は大切な存在だけど、
それと同じように他者も大切だから、
この場面では、
自分が譲ろうかな、
欲求を抑えることは葛藤を呼び起こすけれど、
それは一時的には不快かもしれないけれど、
結果的に、自分を肯定し、
自分を誇らしく感じ、
自分の成長につながる快なのだ。
自分が譲ろうとする時、
自動的に譲るのでなく、
ちょっと立ち止まって、
考えてみる癖をつけよう。
これは、最終的には自分を大切にし、
成長するための我慢だろうか?
その場しのぎで、
心の奥に、
怒りや悲しみ、
嫉妬や恨みを溜め込んでいく
我慢ではないだろうか?
後者は自分を蝕み、
自分をますますダメにしていく。
やめた方が良い。
それより先に、
基本的信頼の獲得(=自分の欲求を優先すること)に励もう!
自律は次の課題。
それができたら、
ちゃんと他者のことも大切にできるようになるから、
心配しないで、
自分を大切にしてね。
トラックバックURL
この記事へのコメント
1. Posted by たまき
December 01, 2006 19:59
コメントお初です。
以前、チェンジングに参加した、たまきという者です。
最近、大学で「朗読の科学」という授業を受講するようになりました。担当の先生は言語学者なのですが、言葉とリズムの関係、呼吸や姿勢を直す・・・などの方法で、この授業に参加した学生を解放している、凄い先生です。
ジョシーは、聖書と心理学をリンクさせた方法で解放するんだけど、実はもっと別のアプローチで、
以前、チェンジングに参加した、たまきという者です。
最近、大学で「朗読の科学」という授業を受講するようになりました。担当の先生は言語学者なのですが、言葉とリズムの関係、呼吸や姿勢を直す・・・などの方法で、この授業に参加した学生を解放している、凄い先生です。
ジョシーは、聖書と心理学をリンクさせた方法で解放するんだけど、実はもっと別のアプローチで、
2. Posted by たまき
December 01, 2006 20:03
続き》
例えば言語学的なものと聖書をリンクさせた解放の仕方の方が、実は効果的なのかなと思ったりもしますよ。
ちなみにこの先生、心理学的なことはほとんどわからないそうですが、公開講座などでいろんな人のストレスを解放した実績があるとか。この先生自体も生き生きしているし、お酒でドンチャンしてストレス解消する人の気持ちがあまりわからないくらいだそうです(!)
例えば言語学的なものと聖書をリンクさせた解放の仕方の方が、実は効果的なのかなと思ったりもしますよ。
ちなみにこの先生、心理学的なことはほとんどわからないそうですが、公開講座などでいろんな人のストレスを解放した実績があるとか。この先生自体も生き生きしているし、お酒でドンチャンしてストレス解消する人の気持ちがあまりわからないくらいだそうです(!)
3. Posted by たまき
December 01, 2006 20:10
発想も面白くて、例えば「いじめを完全に無くすことを社会はしようとするけれど、それが本当に良いことなのか?‘いじめ’だけをバッサリ切り取る、それが良いことなのか?どうしてそう、白黒と二極化した考えを持つのか?」という視点なんです。ちなみに、カトリックの信徒さんです。
沖縄キリスト教学院の、A・U先生という言語学者から、また新たな解放へのアプローチのヒントが得られるのではないかと思うんですよ。
沖縄キリスト教学院の、A・U先生という言語学者から、また新たな解放へのアプローチのヒントが得られるのではないかと思うんですよ。
4. Posted by ハルコ
December 01, 2006 22:43
そっか、私は基本的に他律で成長してきたんだあ。
読んでいて、自分のペースを無視されて、その忌まわしい介入がなければ本当はまともにできていたのに!とか、中の子が反応して怒りが出てきた。
いつも「大真面目で信頼しているつもり」の「ふり」ばっかりで、いくら努力しても心の芯の部分は人間に対しては、基本的に何も信頼できていないよ。
私の不信=緊張が周りの緊張を呼んで、みんな酸欠状態。ますます自己嫌悪、罪悪感の悪循環が深まるだけで、とにかく生きているのがくるしーい!疲れるーう!
読んでいて、自分のペースを無視されて、その忌まわしい介入がなければ本当はまともにできていたのに!とか、中の子が反応して怒りが出てきた。
いつも「大真面目で信頼しているつもり」の「ふり」ばっかりで、いくら努力しても心の芯の部分は人間に対しては、基本的に何も信頼できていないよ。
私の不信=緊張が周りの緊張を呼んで、みんな酸欠状態。ますます自己嫌悪、罪悪感の悪循環が深まるだけで、とにかく生きているのがくるしーい!疲れるーう!
5. Posted by ハルコ
December 01, 2006 22:45
たまにインディやそのほかの違う人にも会えて、すこしほっとできるけど、たいていはどっちを向いても安息(居場所)は見つからず、周りじゅう、実際言っている言葉とは裏腹に「おまえは私より頭を低くしていろ」とか「自分を否定して私の役に立ちなさい」みたいなことを互いに要求し合っている人々にばっかり見ているように感じてしまう。これって周りは悪くなくて、私のせいなの?それとも周りもどこかがおかしいの?
早く直りたいけど、その先の知らない世界への期待が強い反面怖くもある。
早く直りたいけど、その先の知らない世界への期待が強い反面怖くもある。
6. Posted by ハルコ
December 01, 2006 23:03
まず基本的信頼感を持たなきゃ、見た目はいくら自律でも中身は他律。
そこから生まれたひずみが今の苦しみ。認めるのは、ある意味、気持ちよいけど、なんか最近つらい。
本当に他者を大切に出来る人になりたい。今までは、他人からどう見えようと、そんなこと全く出来ていなかったよ。
だから心配せずに、自分を大切にする。
新しい理解がどんどん広がっていく。
村本さん、ありがとう。
そこから生まれたひずみが今の苦しみ。認めるのは、ある意味、気持ちよいけど、なんか最近つらい。
本当に他者を大切に出来る人になりたい。今までは、他人からどう見えようと、そんなこと全く出来ていなかったよ。
だから心配せずに、自分を大切にする。
新しい理解がどんどん広がっていく。
村本さん、ありがとう。
7. Posted by そら
December 01, 2006 23:28
村本ちゃん! ^^
こう呼びたくなった。。。
やっぱいいわ〜〜〜〜
>基本的信頼の獲得(=自分の欲求を優先すること)に励もう!
うんうん。
>自律は次の課題。
だよね〜〜〜〜
再確認できました。ありがとう!
こう呼びたくなった。。。
やっぱいいわ〜〜〜〜

>基本的信頼の獲得(=自分の欲求を優先すること)に励もう!
うんうん。
>自律は次の課題。
だよね〜〜〜〜
再確認できました。ありがとう!
8. Posted by 花凜
December 02, 2006 00:15
村本さんみたいなお母さんになりたい。今、お母さんを辞めたいです。こんな母親いらないと思う。記事みたいなものを子供に与えるにはまだムリで不可能で、治療する事も我儘な事ではないかと考えたりします。。。。 自立ではなく自律ってなんかいいですね。
9. Posted by ゆたけと
December 02, 2006 03:39
花凛ちゃん
確かに村本さんは素敵な人だよね。私は、村本さんから学びたいところが沢山あるよ。
でも追い追い身につけていけば良いし、ゆっくりでも確実に歩みを進めていけばいいと自分に言い聞かせてるよ。
花凛ちゃんが、今そう感じてる気持ちは、ありのまま受け止めるよ。
でも、応援する仲間として伝えたいことがあるので書くね。
『決して花凛ちゃんは我儘なんかじゃないよぉ〜』
今までも、十分頑張ってきたし、それが自分自身とお子さんのためだという決意を知って、すっごい素敵なお母さんだと思ってるよ。
自分でも自分を否定したい想いが沸きあがったり、花凛ちゃんの心を傷つけようとしてきたら、それは『ウソの情報』だよん。私たちはみんな大切な存在だよ♪
お節介オババかも・・・と心配ですが。本心だから書きました。
確かに村本さんは素敵な人だよね。私は、村本さんから学びたいところが沢山あるよ。
でも追い追い身につけていけば良いし、ゆっくりでも確実に歩みを進めていけばいいと自分に言い聞かせてるよ。
花凛ちゃんが、今そう感じてる気持ちは、ありのまま受け止めるよ。
でも、応援する仲間として伝えたいことがあるので書くね。
『決して花凛ちゃんは我儘なんかじゃないよぉ〜』
今までも、十分頑張ってきたし、それが自分自身とお子さんのためだという決意を知って、すっごい素敵なお母さんだと思ってるよ。
自分でも自分を否定したい想いが沸きあがったり、花凛ちゃんの心を傷つけようとしてきたら、それは『ウソの情報』だよん。私たちはみんな大切な存在だよ♪
お節介オババかも・・・と心配ですが。本心だから書きました。
10. Posted by ハルコ
December 02, 2006 08:58
親は、私が私を生きようとするといつこ不信感を覆いかぶせてきて、彼らに隷属していれば「よしよし」と褒めた。
親のまた親も、そうやって子どもの人格をつぶして来た。
こどもの心が纏足され、自由に羽ばたけないように羽をむしられて、自分で考える習慣を奪われてきた文化。盆栽文化。
だから、ばかみたいな詐欺にかんたんに引っかかる人が絶えない。
本当に日本を愛しているなら、そのままでいることに満足なんかできないはずだよ。
親のまた親も、そうやって子どもの人格をつぶして来た。
こどもの心が纏足され、自由に羽ばたけないように羽をむしられて、自分で考える習慣を奪われてきた文化。盆栽文化。
だから、ばかみたいな詐欺にかんたんに引っかかる人が絶えない。
本当に日本を愛しているなら、そのままでいることに満足なんかできないはずだよ。
11. Posted by ハルコ
December 02, 2006 09:21
10のコメント一行目、「いつこ」は「いつも」とタイプしたつもりでした。久々で、いっぱい書いちゃった。すみません。
12. Posted by よよ
December 02, 2006 11:08
私が子育てをしていく上で本当にしたいことを教えてくれ、それは間違ってないよと自信をくれる。 上の子がまだ3歳になったばかりの頃、私の実親と実姉に『3歳になったのにこんなことも出来ないの
もっとしっかり躾けなさい あんたは子に甘すぎる』と怒られた。 私は腹が立ったので『この子にはこの子のペースがある私は親としてこの子に怒ったりこうしなさい とは育てたくない』と反論したが否定の罵声をこの後数時間聞くことになってしまったそこら辺から私は自信があまり無かったのに更に子育てに自信を無くした。 上の子が4歳になり私がセラピーを受け始め私は私を大切にする事を選択してから徐々にだけど、上の子も下の子も自分を大切にし始めている。13. Posted by さら
December 02, 2006 13:31
初めてコメント入れます。
私は子育て中の主婦ですが、自分に自信が持てず、うまく人とかかわれないのが悩みです。
自分で自分を追い込んでいる気もします。
ここを見て、自分を大切に出来てないんだ〜とあらためて思いました。子供の為にも変わらなきゃ!でもどうやって?
考えてるばかりじゃダメだって
わかってるんですけど・・。
私は子育て中の主婦ですが、自分に自信が持てず、うまく人とかかわれないのが悩みです。
自分で自分を追い込んでいる気もします。
ここを見て、自分を大切に出来てないんだ〜とあらためて思いました。子供の為にも変わらなきゃ!でもどうやって?
考えてるばかりじゃダメだって
わかってるんですけど・・。
14. Posted by やすよ
December 02, 2006 14:38
う〜ん。私にはまだちょっと難しい。
「基本的信頼の獲得に励む」って大人になってからどうやってすればいいんだろう。自分を大切にすることは、確かに大事なんだけど、子どものいる母親が(自分の欲求を優先)してて大丈夫なのか?と単純に思ってしまう。
「基本的信頼の獲得に励む」って大人になってからどうやってすればいいんだろう。自分を大切にすることは、確かに大事なんだけど、子どものいる母親が(自分の欲求を優先)してて大丈夫なのか?と単純に思ってしまう。
15. Posted by 花凜
December 02, 2006 19:31
ゆたけとさんへ、ありがとう(*^_^*)あれから友人と話しました。親と同じになりたくない、自分が治らなきゃ子供も解離する、今傷つけてしまうってリスクはあっても、治さないと今より息子を傷つける事になる。だからやっぱり治療しなきゃ!!。の結論を出しました(^.^)bだから今は気持ち浮上です(^-^) 私たちはみんな大事な存在、グッときた。治療にあたってのリスクは避けられないし自責もするけれど、繰り返したとしてもやっぱ治療してく。我儘じゃないって言ってくれてホッとした。許してもらえる貯金をしておきます(^.^)b
16. Posted by 村本
December 02, 2006 21:04
ハルコさん、そらちゃん!、よよさん、みなさん、いつも応援してくれてありがとう。癒しの道は時に険しく、未知の世界は怖いけれど、本当の自分を生かしてやるために果敢に取り組んでいらっしゃるみなさんを尊敬しているし、仲間として誇らしく感じてます!
花凛さん、私も現実には欠点だらけの母ですよ〜。つい先日も、息子が、「最近、花粉症になったかも」と病院へ行って、「ホコリ、ダニ、イネのアレルギー。今はイネの季節じゃないから、ホコリとダニだね」って言われたそうで、帰ったら、せっせと自分でリビングに掃除機かけてました。ムムッ、思い当たるぞ〜。家事に優先順位つけると、食べ物は生存に必要だけど、掃除の手抜きじゃ死なない、が度を超して・・・。
花凛さん、私も現実には欠点だらけの母ですよ〜。つい先日も、息子が、「最近、花粉症になったかも」と病院へ行って、「ホコリ、ダニ、イネのアレルギー。今はイネの季節じゃないから、ホコリとダニだね」って言われたそうで、帰ったら、せっせと自分でリビングに掃除機かけてました。ムムッ、思い当たるぞ〜。家事に優先順位つけると、食べ物は生存に必要だけど、掃除の手抜きじゃ死なない、が度を超して・・・。
17. Posted by 村本続き
December 02, 2006 21:05
必要な時は子どもの気持を最優先と思っているけど、どうしても自分がいっぱいいっぱいの時もある。「お母さん、カウンセラーのくせに全然うちの気持、わかってへん!」と娘から苦情が出ることもある。
何を隠そう、家族で誰が一番「自己中」かという話題になった時、全員一致で私が選ばれました(^^;)。
理想は理想として努力しながら、でも人間はいつもどこか足りなくて、それでも、自分の足りないところを許してやれると、子どもの足りないところも受け入れられるんだよね。お互いさまだよね〜って。
何を隠そう、家族で誰が一番「自己中」かという話題になった時、全員一致で私が選ばれました(^^;)。
理想は理想として努力しながら、でも人間はいつもどこか足りなくて、それでも、自分の足りないところを許してやれると、子どもの足りないところも受け入れられるんだよね。お互いさまだよね〜って。
18. Posted by 村本
December 02, 2006 21:28
やすよさんへ。ケアしなければならない子どもがいながら、自分のケアをするのは難しいね・・・。でも、自分のケアを放ったらかして、人のケアばっかりしていると、悲しいことに、ケアの中身が歪んじゃうんだ。子どもと一緒に基本的信頼の獲得にチャレンジできたらいいね。一番いいのは、たくさんの人たちに助けてもらうこと。子どもが育つのに必要なものは、すべて母親が与えなくても、子どもが誰かからもらえる環境を作ってやればいいんだよ。
19. Posted by 村本続き
December 02, 2006 21:29
時間を区切って、子どものための時間、自分のための時間と決めてしまうのもひとつ。たとえば、子どものお昼寝の時間は自分のための時間。その間は、家事もしないで、ひたすら自分の欲求を優先する。おやつの時間の1時間は、子どもを優先して、他のことは何もせずとにかく子どもに寄り添うと決める。
忙しい時、子どもが何か言ってきたら、「ごめん、今これしてるから、あと30分待ってくれる?」と言えば、子どもは待てる。ただし、いつも約束どおりに時間を取ってあげることが前提。
ここでは一般的なことしか言えないけど、工夫したらやれることはいっぱいあるよ。みんなでアイディア出し合えば。
忙しい時、子どもが何か言ってきたら、「ごめん、今これしてるから、あと30分待ってくれる?」と言えば、子どもは待てる。ただし、いつも約束どおりに時間を取ってあげることが前提。
ここでは一般的なことしか言えないけど、工夫したらやれることはいっぱいあるよ。みんなでアイディア出し合えば。
20. Posted by よよ
December 03, 2006 01:02
子供がいるのに自分を優先していいのか私もすごく悩んだし、自責も沢山してきた。又どうしても人間関係がうまくいかず自分だけ人の流れから取り残されている感じを常にもってた。 結婚前は、誰も私にどうしたい?どう思う?と聞かれることは無かったんだけど結婚してから、俺はこう思うが、よよはどう思う? トカ よよの好きにしていいんだよ。 トカ 言う人と結婚して(始めこの人おかしい?って思ってた)私は混乱した。自分の意見を話す機会なんて今まであるものとは思ってなかった(言っても話をすり替えられちゃう)から自分が如何に自分の意志を持っていなかったかに混乱した。 よよの好きにしていい って何を私はしたいのか分からなくて泣いた。 よよはどうしたい?って何をどうしたいか分からなくて泣いた。
21. Posted by よよ
December 03, 2006 01:16
始め自分がどうしたいのかを優先すると何故か家族を束縛し、皆の顔がくもってきて子供が特に私に怯えはじめる。 そうじゃない そうじゃないよって旦那に何十回も説明してもらった。 私が個人的に本当にしたいことをすると家族が嬉しそうに笑ってる。 私が満足することで家族が同じように感じるみたい。それを続けたら不思議と私以外の家族それぞれに個人的にやりたいことをしていると私も嬉しくなってきた 一人一人が自分だけの時間を持つことで、反対にバラバラにならずに自然と集まってきてまとまるの
おもしろい
何で?何で
? 自由に行動出来るからなのかな?
おもしろい
何で?何で
? 自由に行動出来るからなのかな?22. Posted by やすよ
December 03, 2006 05:51
村本さんへ
具体的にお返事くださってありがとうございました。文面よりたくさんのアイデアをいただいて、一つひとつ丁寧にこども達と接していけばいいんだぁと思えました。
「人のケアばかりしてると、悲しいことに、ケアの中身が歪んじゃうんだ。」って本当だ。
私は、気持ちは子どものことばかり気にしているけど、ほんとは、実は、自分の欲求を満たしたくてたまらなくなってることに気付いてる。結局、歪んだケアをしてしまっているんだ。
自分の欲求も満たしたい!けど、子どもの面倒もみなくちゃ・・のはざまで
、少し神経質に考えすぎてたのかもしれない。
村本さん、私チャレンジしてみるね。基本的信頼の獲得ってやつに。
具体的にお返事くださってありがとうございました。文面よりたくさんのアイデアをいただいて、一つひとつ丁寧にこども達と接していけばいいんだぁと思えました。
「人のケアばかりしてると、悲しいことに、ケアの中身が歪んじゃうんだ。」って本当だ。
私は、気持ちは子どものことばかり気にしているけど、ほんとは、実は、自分の欲求を満たしたくてたまらなくなってることに気付いてる。結局、歪んだケアをしてしまっているんだ。
自分の欲求も満たしたい!けど、子どもの面倒もみなくちゃ・・のはざまで
、少し神経質に考えすぎてたのかもしれない。
村本さん、私チャレンジしてみるね。基本的信頼の獲得ってやつに。
23. Posted by 花凜
December 03, 2006 11:23
〉人のケアばかりしてると悲しい事にケアの中身が歪んじゃう。 これ納得。そもそもが歪んでるのに、それに輪をかけて人のケアしても自分を殺していく事になる。自分を楽しめない状態では、歪みが出るよなと解釈しました。〉子供が育つのに必要なものは母親が与えなくても〜 これも頷きです。私一人で抱えなくても、息子は園のお友達や先生との関わりで、沢山のものを学び持って帰ってきます。私が与えられないものも。私に出来るのは、村本さんの言うように環境を作ってやることだなと思えました(^.^)b
24. Posted by 花凜
December 03, 2006 11:48
〉人間はいつもどこか足りなくて〜自分の足りないところを許してやれると〜 これが一番胸にきました。「自分自身を許す」ができないから人も許せない。今はまだ難しいけれど、、、「人間はいつもどこか足りない」と許してもらえたら正直ラクです。けど自分を許せない状態では、芯からラクにはなれないのだなって気がつきました。。。今回村本さんの本を読んでみようかなと思ったよ。こんなに素敵な人がいて、話せても私の心は固いけれど、一生じゃないから、自責しながらでも治療やっていこうと思います。素敵な記事と気づかせてくれるコメントありがとです。コメントメモしちゃいました
25. Posted by あこ
December 03, 2006 18:32
遅まきながらこのブログを知って、自分と同じ苦しみや愛情欠乏に耐えてきた人が多いことに驚きました。「親に操り人形の如く支配されてきて丸ごとかわいがられず育った自分が、どうやって今から基本的信頼感を得て自己肯定をするのか」と私も日々悩みます。
子供にはそんな思いをさせるまいと私なりにやってきましたが、葛藤も多い。自然と夫を親のように思ってしまい、親からもらえなかった無条件の愛情を求めてしまいます。夫にも重荷だとわかっていても、いつか治るから待っててねと心で手を合わせています。
よよさん、やすよさんたちのコメントが心に沁みました。私だけじゃないんですね。
子供にはそんな思いをさせるまいと私なりにやってきましたが、葛藤も多い。自然と夫を親のように思ってしまい、親からもらえなかった無条件の愛情を求めてしまいます。夫にも重荷だとわかっていても、いつか治るから待っててねと心で手を合わせています。
よよさん、やすよさんたちのコメントが心に沁みました。私だけじゃないんですね。
26. Posted by うっちー
December 04, 2006 01:12
DVってのは、こういうとこからきてんのかな?
ちょっとDVは最近身近におきて興味があったんだ。
他人を自分のように大切にする。
自分のように・・というのが、キーワードだね。
ちょっとDVは最近身近におきて興味があったんだ。
他人を自分のように大切にする。
自分のように・・というのが、キーワードだね。
27. Posted by 花凜
December 04, 2006 15:38
今、村本さんの本を買ったぁ(^▽^)v明日移動時間に読破しまっする。ジョシーの本が本屋2件ハシゴしたけどなかった(TOT)
28. Posted by そら
December 04, 2006 19:45
さらさん!
やっぱ カウンセリングだと思うけど。。。。。?どう?
私も自分が嫌いで、いつも緊張、オドオドしてて、、、、
自分で自分追い込んでた私も。。。
カウンセリング受けたら楽になる。
一枚一枚皮がむける感じ、、、、
無駄な緊張とかとれて楽になる^^
そんな感じで 生きるって事楽しいって思えるようになったんだよん!
やっぱ カウンセリングだと思うけど。。。。。?どう?
私も自分が嫌いで、いつも緊張、オドオドしてて、、、、
自分で自分追い込んでた私も。。。
カウンセリング受けたら楽になる。
一枚一枚皮がむける感じ、、、、
無駄な緊張とかとれて楽になる^^
そんな感じで 生きるって事楽しいって思えるようになったんだよん!
29. Posted by ひとみ
December 04, 2006 21:00
村本さんの記事いつも楽しみにしてます。今回も勉強になりました。それから村本さんのコメントにも勇気ずけられました。完璧な人なんていない。みんな足りない所を補いあえる家族だったら素敵だな、いつも優しい目で子どもを見守っててあげたいなって思いました。村本さんの本、私も読んでみたいな。タイトルは何かな?
30. Posted by さら
December 05, 2006 18:06
そらさん
お返事ありがとう!お名前も似てて嬉しかったです。
そっか〜カウンセリングでそんなに変われるんですね。
私は自分の態度(性格)に問題があるんだろうから、ホントに変われるか・・なかなか難しいかもと思ってしまいますが。。
でも励まされました。本当にありがとう♪
お返事ありがとう!お名前も似てて嬉しかったです。
そっか〜カウンセリングでそんなに変われるんですね。
私は自分の態度(性格)に問題があるんだろうから、ホントに変われるか・・なかなか難しいかもと思ってしまいますが。。
でも励まされました。本当にありがとう♪












