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SAYAが去年からはじめた


女の子2人のユニット


PANSAKUの活動状況を綴ったブログを載せたので


よかったらどうぞ!!




アコースティックギターとパーカッション、ピアノ。







今日はそのSAYAの記事。



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「自分で歩く力」 Saya


人はどうやって自分の足で

   歩けるようになると思いますか?



これは私の体験から話すことだけど、

私はどちらか言えば、自分の足で歩けるほうだった。




でも、一人で歩きながらも、

不安でしょうがなかった。



一人で歩けるんだけど、

一緒に歩いている人はいなかった。




一人で歩いて、つまずくと、

一人で耐えた。




だから、周りの人からは、

「強い人」と思われていた。




でも、心の中は、いつも不安で、

自分は、自分が弱いことを一番よく知っていた。





そんな私が求めていたのは、

一緒に歩いてくれる人。






でも、一人で歩いていたのは、


まだ子どもの自分だったから、


なかなか自分から「助けて」


と、言えなかった。






と、言うより、

「助けて」と誰かに求めることすら頭に浮かばなかった。



だから、いつも強そうに歩いている私も、


実は孤独の中にいた。





でも、そんな孤独から出たいと思っていたとき、


外から声をかけてくれる人がいた。





その人は表の自分ではなく、


本当の私の姿を見てくれていた。



そして、何よりも、その人は一緒に歩いてくれた。






私は初めて、


本当の意味で、「自分で歩く力」を得た


不思議と、もう不安ではなかった。




孤独でもなかった。




今までのように、

一人で歩いているように見えて、

一人ではなかった。





人は誰でも、一緒に歩く人が必要。


そして、それを子どもの頃に体験できたのなら、


大人になって、強い足を持つことができる。



安心感の中で、歩くことができる。





「私は一人でも歩くことができます」


そのコトバの裏には、二つの意味あいがあると思う。




「私は今までずっと、一人で歩いてきた。だから私は強い」


  か、


「私には私と一緒に歩いてくれた人がいる。だから私は強い」





みなさんは、どちらでしょう?