友達を守る大切さ 服部雄一
January 07, 2008
友達を守る大切さ 服部雄一(最終回)


この事件には面白い裏話がある。
ケンカの数日後、
鈴木は「服部、悪かったな。
俺はお前に恨みはないんだ」と謝ったのだ。
彼は本当に私に悪意はなかったようだ。
しばらくして京都に修学旅行へ行ったときである。
鈴木は帰りの汽車の中、私の車両まで歩いてきて、
「服部、学校ではこれを持っていろ」と、包みを渡した。
開けてみると、それは短刀だった。
木のサヤを抜くと、ギラギラと光る刃がついていた。
鈴木は「京都で買ったんだ」とぶっきらぼうに言った。
「どうして、短刀をくれるんだ?」と聞くと、
「学校は危険だ。これで自分を守れ」と言う。
しかし、学校で一番危険だと言われる男から
護身用の短刀をもらうのは、ちょっと複雑な気持ちだった。
「お前が一番危険だろう」と言いたかったが、
それは言わないことにした。
短刀は、鈴木の私に対する好意だったのである。
それからの私は
いつも短刀を内ポケットに忍ばせて学校に通った。
このケンカ事件は、
不思議なくらい、
中学時代の楽しい思い出となった。
決して嫌な体験ではない。
石井は私に
「自分の友だちを見捨ててはいけない」と教えた。
彼は私の危険を知るとすぐに駆けつけた。
そして、自分がケガをしても、友人を守った。
しかも、ケンカの後で私に一言も不満を言わなかった。
私は今でも、
この思い出を与えてくれた友人に感謝している。
友人とは「辛い時に自分を助ける人」である。
石井から学んだように、
私は友人が困ったときは、彼らを助ける。
もし集団がいじめる場合、
私はどんな危険があっても友人の味方になる。
それは自分の誇りでもある。
人間の価値は、
逆境の中で
どれくらい自分が
愛する人を守れるかで決まるからだ。
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December 31, 2007
「友達を守る大切さ」(4)服部雄一


私が相手と取っ組み合いするうちに、
二人は5メートルくらいの裏山の崖を転がり落ちた。
ぐるぐると目が回り、
ドスンと下に落ちると、
二人ともしばらく起き上がれなかった。
気づくと相手はいなくなり、
私は気を取り直し、
そうだ、
石井はまだ戦っていると思い出した。
私は必死になって崖をよじ登り、
ケンカした場所に戻ると、
石井は肩で息をしながらしゃがんでいた。
「奴らはどうしたんだ」と聞くと、
「先公(教師)が来たと言って、逃げていった」
と答えた。
石井は鼻血を流し、
ワイシャツが破れていた。
血だらけのひどい顔だった。
気づくと、
私のワイシャツは血がついていた。
手で自分の鼻を触ると血がべっとりとついた。
きっと、
私も血だらけのひどい顔をしているのだ。
私はその時初めて石井に悪いと思った。
「石井、悪かったな」と謝ると、
石井は腫れ上がった顔を上げて
「いいんだよ」と言った。
私たちはそれ以上話さなかった。
ケンカの興奮と疲労感で一杯だったのである。
(最終回につづく)

December 24, 2007
「友だちを守る大切さ」(3)服部雄一

石井は中学2年の時からの親友である。
私たちは一緒にビートルズを聴いたり、
夏の海の家に行ったり、
川越の盛り場を夜遅くまでうろついたりした。
思春期になり異性に関心を持った私たちは、
あの子が可愛い、
この子と付き合いたいなどといつも話していた。
石井は前髪が長く、
端正な顔立ちなので女の子にもてた。
私は学校一のおしゃれで目立ちたがり屋だった。
その二人はいつも人目を引く様な行動をした。
放課後になると、
私はテニス部のK子を教室に連れてきて、
石井に会わせた。
彼はK子が好きだった。
石井は、
2年生のM子を呼び出して、
私に会わせてくれた。
ある日、私は「俺と付き合ってくれないか」と言い、
M子に「お断りします」と断られて学校中の話題になった。
中学3年生の私たちは受験勉強もしないで、
こんなことばかりしていた。
田舎の中学は「石井はK子と放課後に会っている」、
「服部はM子に付き合ってくれと言ったそうだ」など、
私たちの噂が流れた。
その石井が来て、ほっとした瞬間である。
鈴木は私のあごを狙って、いきなり右足で蹴り上げた。
見事なハイキックだった。
空手では上段前蹴りと呼ぶテクニッックである。
私はそのまま後ろにのけぞって倒れた。
それからはよく覚えていない。
地面に倒れた時に、
石井が二人と戦っているのが見えた。
石井は一歩も引かずに、
彼らを殴ったり、
取っ組み合いをしていた。
そして、私が立ち上がると、
鈴木の手下の一人が飛びかかってきた。
私が思いっきり顔をなぐると、
彼はのけぞった。
しかし、すぐに別の一人が私に飛びかかってきた。
ともかく彼を殴りまくり、
腕を引っぱり、
相手のワイシャツを引き裂き、
わけのわからない言葉を叫び、
私のワイシャツも破れた。
チラと見ると、
鈴木は腕をくんで見ているだけだった。
(つづく)

December 17, 2007
「友達を守る大切さ」(2)服部雄一


鈴木は4月に転校した生徒である。
他の中学で暴力事件を起こして追放されたという噂だった。
彼は城南中学に来るとすぐに不良仲間のグループを作った。
誰よりも背が高く、
肩幅もひろく、
ケンカがめちゃくちゃに強いという評判だった。
鈴木は家が裕福で、
体にぴったり合うオーダーメイドの学生服を着て、
当時はやりの裾が広がったズボンをはいていた。
いつもバスケットシューズをはき、
仲間をひきつれて学校内を歩く鈴木は、
周りに威圧感を与えた。
鈴木は皆が見ている前で、
授業中の体育教師を殴ったことがある。
驚いたことに、
体育教師は黙って殴られるだけだった。
その鈴木が、
うっそうとした山の中で
私を待っていたのである。
「服部、悪いが、
お前をやらなければならないんだ」と言った時、
その重苦しい雰囲気が私の恐怖をつのらせた。
気づくと、
足がガタガタと震えている。
止めようとしても止まらなかった。
その時、
「お前ら、卑怯だぞ。
服部は一人じゃないか!」
と裏山の上で怒鳴る者がいた。
見上げると、
親友の石井信久だった。
石井は、
やぶの中を駈け降りてきて、
広場まできた。
私が「どうして分ったんだ?」と聞くと、
石井は「服部が呼び出されたと聞いたんだ」と言った。
私が番長に呼び出されたと、
誰かが心配して石井に教えたのだった。
石井は私の横に並び、
私たちは番長グループと向き合った。
これで二対五の対決となった。
(続く)
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December 10, 2007
「友達を守る大切さ」(1)服部雄一


「友達を守る大切さ」服部雄一
「集団イジメと戦う」では、
「善悪を知りたい」、
「集団との戦い方を知りたい」という意見が多かった。
今回は、私の中学時代のケンカ事件を通して、
「友達を守る大切さ」について話します。
私は、埼玉の川越で子供時代を過ごした。
当時は、家の周囲に田んぼ、小川、森が多くあり、
子供たちは遊び場に困らない時代だった。
60年代初期の日本はアメリカのポップソングが流れ、
どこかのんびりと、どこか甘い雰囲気があった。
日本は経済復興が始まり、
映画「ALWAYS3丁目の夕日」のように、
誰もが将来に希望を持つ時代だったと思う。
私が通う城南中学は家から15分くらいの所にあり、
クラブ活動に熱中したり、
仲間と盛り場を遊び回ったり、
とても楽しく、
のびのびとした中学時代を過ごした。
番長とのケンカ事件は中学3年の時に起きた。
夏休みがすぎると、
高校受験のために陸上部の練習はなくなり
(私はハードルの選手で走るのが速かった)、
私は放課後に教室で友達と遊ぶことが多くなった
(私は受験勉強が嫌いで、あまりしなかった)。
ある日、級友の一人が来て、
「鈴木が学校の裏山に来てほしいと言ってるよ」と教えてくれた。
鈴木茂(仮名)は城南中学の番長である。
城南中学は低い山の上にあり、
校庭の裏は木がうっそうと茂る山林だった。
私はその山道を下り、山の中の広場に行くと、
そこで鈴木の不良グループが私を待っていた。
総勢5名。私は「これから悪い事が起きる」と初めて気がついた。
(つづく)
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